困ってる家庭への第三者介入の必要性

2015年11月6日金曜日

感じた事・考えたこと 徒然・駄文

児童虐待などが疑われる場合強制介入や強制立ち入りなどありますが、あれは子供以外にもあっても良いかもしれませんね。

  • どこに相談したら良いか分からないほど困っている家庭
  • 老々介護などで心身ともに疲れ果ててしまっている家庭
  • ひとり親家庭
  • 両親は健在だけど仲がとても悪い家庭
私は最近サポステのワークショップに通い始めて足掛け半年ぐらいです。
最初はただ出てるだけという感じでしたが、友達をつくることの大切さが分かってきました。
今では週1じゃ少なく感じ待ち遠しいです、電車賃かからないなら毎日でも良いぐらいです。
人間気の置けない友人を一人作っておくことは精神的にすごく重要だと思います。
特に大人に対して必要なのかもしれませんね。

昨日のワークショップで「困りごとがあったら家族に相談するか?」というお題で話す場面がありました。
スタッフのかた含めて「する」と言うのは1~2人ぐらい。
「しない」家庭は「機能不全家族」と呼ばれると聞きました。
ウィキペディアで調べてみると

機能不全家族 - Wikipedia

原因は色々書いてますが、自分が子供の頃に受けた虐待、と言うのがうちに当てはまる原因の一つのようです。
うちの母親は小さいころ養親に預けられ酷い仕打ちを受けたといいます。
話には少し聞いてますが体験したわけではないのでそこまで理解することは出来ません。
その時のトラウマに囚われて色々悩む事が多いようです。
その影響が今でも酒を飲むと色濃く出てしまうのかいつも以上に話が通じなくなります。
大体、何だか良く分からないうちに有耶無耶になって終わるか、納得したように見えて次の日にはほぼ忘れてるかです。
「後悔」ばかりして「反省」をしてくれず、これからのために「こう変えて欲しい」と言っても変えてくれません。
私も血を受け継いでるのでそういう点があるのかもしれませんが、やはり自分以外のそういう行動はとても気になります。

父がまだ家にいた頃両親とコミュニケーションを取るために部屋の戸を開けておいたことがありますが、真意が全く伝わらず「監視してんのか!」と言われた事があり結構ショックでした。

今色々と外に出ようという努力はしてますが本当にこれで人生が良くなるんだろうか?私か母のどちらかが死ぬまでこの状態は終わらないんじゃないか?と不安になります。

「困っているがこのままでは大変なことになる」というSOSを聞きつけた場合相談に乗ってくれる第三者が気軽にいてくれたらと思います。
強制介入はさすがに難しいかと思うので任意介入でも良いかと思います。
「こころの電話」などの仕組みもありますが、相当混雑してて全然かかりませんし運良くかかった人以外は救われないのかと思うと悲しくなります。
私の場合その時は友人に電話をかける勇気が出たのでなんとか踏みとどまることが出来ましたがもしその電話をかけられていなかったら一体どうなっていたか。

その辺を歩く人に声をかける事がしづらくなって久しいですが、世間話好きの「お節介おばさん」ボランティアとかがその辺を歩いてくれても助かる人はいるんじゃないかと思います。
先日の合唱の時に隣りに座った方が話しかけてくれましたがとてもありがたいです。
こんなおばちゃんが大量にいてくれたらなぁ、と強く思います。

あいさつだけではなく、相手がその人なりの返事をしやすいような会話だとなお良いですね。
「今日はどちらまで?」とか良さそうですが、今の世の中使いどころを誤ると何言われるか分かりませんかねぇ・・・

自分の不満を言ったら「家族に悪い」とか「傷つくんじゃないか」とか、中には「更に酷いことをされるんじゃないか」とか、怖い気持ちは凄く良く分かります。
しかし、そこで「死ぬよりはマシ」と考える、あるいはさらに酷い仕打ちを受けるのを恐れてる場合は「本当に死ぬ前に死ぬ気で」思いをぶつけて見ませんか?
死んでからこの世にちょっかい出そうとしても無理ですから、それを実行に移した結果良くなれば儲けもの、ひどくなったらまあまた考えましょう。
家族に言うのが無理な場合は近所の人や隣の家の人、あまりひどい場合は警察でも良いかもしれません。
口で言うのが無理なら手紙でも良いですし、今なら私がしてるようにブログでも良いと思います。
「やりたいこと」にしても「不満を言う」にしてもまず何とかして「やってみる」、そういう方向で努力したいと思います。

明日はボランティアの打ち合わせに行ってきます、今からすごく楽しみです。