面倒くさいことを「めんどくさいめんどくさい」言いながらやると夢中になって少し楽

2018年9月2日日曜日

テレビ・映画

出かけるのは面倒くさいですが、昼に出て映画「君の膵臓をたべたい」を見てきました。

分かった所半分、よく分からない所半分といった感じで、このキーワードなかったら他の作品とあまり差がないんじゃないかと感じてしまいました。

まずチケットを買ってから、昼はスーパーのパン2つ。
座席は雨のせいもあるのかかなり空いてたらしく好きなところを選択できました。
開演まで1時間以上あったので、待つのに苦労しました。

映画館の待合ロビーには、親子連れはもちろん、手紙をたくさん書いてる人、3体1で宗教の勧誘にあってそうな婆ちゃん、などがいて「カオスだなぁ」と感じました。
人間界怖いです。

事前にトイレには行ってたのですが、残り1時間ぐらいで結構きつくなってきましたが、なんとか耐えきりました。
映画中にこの現象は本当に勘弁してもらいたい私の身体です。

くじ引きや宝くじと同じで、コンテンツもお金払って見ないと自分に合ってるか分からないので仕方ないですね。

自分の場合の「楽しい!」は、自分が好きなことをやるかどうかではなく、自分ひとりか誰かと一緒に何をやるか、だと感じるようです。
なので、遊びだろうが仕事だろうが誰かと一緒ならそれなりにやっていけます。
食事も、一人だとすごく虚しいですが、職場で誰かの話し声が聞こえて一緒に食べてると感じられると少し安心します。
一人が苦行で、誰かとが安らぎ、という感じです。
自分の五感に何も感じない状態が長いとすごく不安になってきます。
一人だと人間とは程遠く、いいところパソコンです。

新しい刺激を受けたときは早めに誰かと口頭で感想を言い合わないとすぐ忘れてしまいます。
中学の塾のときみたいに記憶勝負をしないとあまり熱中できないのかもしれません。
面倒くさいことを「めんどくさいめんどくさい」言いながらやるのが自分には自然に近く、人生をちょっと楽に生きる一つの手のようです。
ただ、その面倒くさいが自分からはやりづらいですが、誰かから降ってくるのが仕事かと思われるので、また5日間寿命を伸ばすためにがんばります。

「tymさんが何にハマるか楽しみ」と支援者に言われたことがありますが、自分一人で楽しめることは今後発生しないのではと感じます。

人間教に洗脳されきるのも大変です。