自分を受け入れてくれる所、全てが家であり居場所である

2018年6月6日水曜日

実際に仕事

家と職場が同化してくると不思議な気持ちですね。
友人の「職場を家にする」というアドバイスがあったおかげで助かりました。

就活で転職するのは、傍から見れば仕事探しですが、当人からしてみれば”自分探し”の旅なのだなと気づきました。
どこに居ても変わらない自分を自分自身で発見し気づくことが人生なのだなと。
仕事が、
”毎日バリバリ電話取ったりかけたりしてパソコン入力しまくって…”
というイメージがあるととても不味いなと実感します。
もちろん、そういう部署もあるかと思いますが、「こんなものか」という気付きもあるかと思います。

自分を受け入れてくれる所は全てが自分が居ていい場所、言ってしまえば家みたいなものだなと。
それは家でも職場でも道中でも同じ感覚なんだなと。
その期間が、数十年だろうと数日数分だとしても、その瞬間は紛れもなく居場所だったのだと。
なので、今家で辛い人は、新しい環境全てが辛いかと思います。
しかし、優しく受け入れてくれる人を信じて続けてみてください。
また、その時感じる感覚を覚えるよう心がけてください。
親がやりすぎると、「家で生かし社会で殺す」事になります。
子供はやりすぎて家族以外に怒られるのがちょうどいいです。
今日私も、コピーで焦って走って窘められました

仕事をするということは、その職場で許容されるルール・部署と名前・物の配置、などを覚えることなんだろうなと。
今やっている、作業などはまさに部署名と人の名前を覚えることに直結していると分かります。

最初に生まれ落ちた家での立ち位置がそのまま職場に移行すると思えば大幅に勘違いすることはないでしょう。
反抗期を迎える前までの自分の状態ですね。

今日も色々ありまして、焦って、汗がボタボタ垂れました。
この感覚は、仕事に限らず普段の生活でも焦った時になる感覚と同じだ、と気づきました。
他の作業では家で何もなく平穏な時間を過ごすのと全く同じ感覚になってきました。
周りに人がいる&物音がするおかげで凄く寂しくて不安ですがなんとか耐えられます。

これに気づいたら「あ、一人暮らし無理だわ」と分かります。
自分の場合は、特定の人と長く仲良くするということは、友人がせいぜい限界でとても家族を作るというのは今の段階では考えられません。
友達なら会いたいときに会え、嫌なら会わないで済みますが、家族の場合は途中で放棄するということは出来ないので、何十年も先のことを見越してそんな事はできません。
「一人暮らしをしたい」
という気持ちは
「親から離れて自分がどこまで通用するか知りたい」
という気持ちの表れれなのかもしれません。

とりあえず、今受け入れてくれている実家と職場を大事にして、自分の素を出し成長させてもらうように頑張りたいと思います。
拾って貰えたということは、自分では分からない何かを見つけて貰えたということなはずですから。