会話によって経験が人の感情に変換される

2018年3月21日水曜日

感じた事・考えたこと 就労移行支援など

生きてて良かったと思える日でした。

午前中は人生ゲームで遊び、午後は映画鑑賞。
人生ゲームでは今までの自分では言わないような自分の考えを言うことで喜びを感じ、午後は今までにない感動をして涙した時間でした。
あまりの感動に帰りに母に
「父ちゃん母ちゃんに育ててもらって本当に良かった」
と電話してしまいました。
もうこれは忘れないうちにメモをして帰ってブログを書かなくてはと思いました。

今回見た映画からこんなメッセージ性を獲得しました。

  • 人には本人も気づいてない才能がある
  • 新しいことをやるには苦しみを伴う
  • 人は少しのきっかけで変わる
  • 自分の身体一つで出来ることはなにか?
  • 最後に残るのは「お金」ではなく「人」
  • 身近な人を喜ばせれば人は付いてくる
大人になると涙もろくなるというのは本当だなと実感した一日でした。
作品というのは、作品自体と人の心によって完成するんだなと。
就労移行支援事業所に、訳も分からず、朝も移動も一人でいる時が辛くても通っていて本当に良かったです。
学校と家では学べなかった気づけなかった事をすべて教えて頂き、大人・人間にしてもらえました。
この先、どれだけ苦しくても、朝起きていくのが辛くても、出来ることを一つ一つやり、大切な人を大事にしたい、そう思いました。

家だとあまり考えることが少ないので継続してこの気持ちを保持することは困難ですが、通所日も休みの日も新しいことをやることを忘れないようにしたいと思います。

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そんな一日を過ごして改めて、
子供に何もさせない・やらせない・考えさせない
というのが如何に子供の将来一人で生きていく力を削いでいるか、ということを実感します。
赤ちゃんには何も言われないし、教えてくれと頼まれてもいないのに、なんでも教えるのに、引きこもりには何故何も教えてくれないのでしょうか?
それまで生きてきた中では、”まだ教えてもらっていない”、”自分では解決する術を持っていない” からなんです。

未熟な頭でまだ親を親と認識しているうちになんでも教え何でもやらせて下さい。
嫌々ながらもやろうとする人はまだ救いはあります。
指図を受けずに外に出ていく人もまだ救いはあります。
「教えても無駄だろう」と家にただ置いておく行為が一番最悪の選択です。

何の意味があるかわからない会話にも、子供は子供なりに何度も経験して意味を見出そうとします。
大人なら1,2回会話しただけで分かることも、子供は100回会話しないと分からないかもしれないし、1000回会話しないと分からないものです。
その会話を無駄なことと判断してしまい、親が感情をぶつけたり良し悪しを勝手に判断した瞬間から子供の成長は止まります。

会話も、特定の1対1だけではなく、やはり父母子などの3人以上いる多種多様な意見が入り交じる環境じゃないと心が偏ります。
親のエゴではなく、子供のために片親の人は新しい人を早く見つけて子供と触れ合う時間を増やして欲しいです。
私みたいに感情が育たず理屈っぽい人間になってしまいます。

経験に無駄なことはありません。
子供は構ってちゃんのうちになんでもやらせないと、私みたいに14年無職で就労移行を通過しないと大人になりきれない人間を作ってしまいますよ。
「止めて下さい」とは言いませんが、これだけは今後子育てをする方々に覚えておいてもらいたいです。

「こんな家、出ていってやる!」
となる子供は正常な成長です。
親は立派に育てられてよかったと自信を持って下さい。
逆にいつまでも家にいる子供は、自立する能力か体力の何かが足りていません。
それはおそらく親も子供本人も分かってません。
足りてない時に自分で成長できる、 ”自ら学ぶ力” を持てるようにして下さい。

それだけが私のお願いです。