「メディア」が情報でなく、社会との繋がりになってたら危ない

2016年1月18日月曜日

テレビ・映画 感じた事・考えたこと

今日はご飯を食べつつ、EテレのRの法則から手話ニュースまで見てしまいました。

Rの法則では、このぐらいのレベルはリアル脱出に当てはめるとどのぐらいのレベルなんだろう?と思い、
U-29では、やっぱり何事もチャレンジしてみないとダメだよねと、学び、
ブレイクスルーでは、食事の大切さを学び、
きょうの健康では、ちょうど来週聞きに行こうと思ってた自閉症スペクトラムの話でした。

こういう、テレビ・ラジオ・ネット・雑誌、を見てると面白いですし為になりますが、これを「情報」やちょっとした「楽しみ」ではなく、「社会との繋がり」に感じていたら危ないのかもしれません。
テレビを見て社会を分かった気になっていましたが、現状がこんなんじゃあまり情報として役立ってはいないなと。
飽くまで、そういった情報はただの情報でしか無く、それを実生活にどう活かすか?なんですよね。
そこの所全然理解しないまま生活してた気がします。

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うちから、これらが無くなったとしたら、沈黙に耐えられないんじゃないかと思います。
外出中ならなんとか話は持ちますが、家にいると相手が何を考えているかお互い全然分からん状態っぽいです。
たまに、どの道を行こうか迷ったりする時に怪しげな雰囲気になったりしますが、大体は新しいことなので楽しめます。

やっぱり、お互いが自宅に一緒にいるという状況を避けないとうまく回っていかないんじゃないかと。
とりあえず、自転車で行動範囲を広げて、どこかの囲碁サークルにでも入りますかねぇ・・・
その入るまでと、入ってからがすごく心配ですけども。

その囲碁も、今OGSでトーナメントの対局が10局同時進行してます。
相変わらず布石が全く分からないので、勘で打っておりますが、この「趣味は囲碁」もほんとうに自分がやりたいからやってるのか、ちょっと心配になっています。
楽しいからやっているのか、惰性でやってるのか、趣味ですら自分の考えでやっているのか怪しいです。